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民俗学的

【風習・信仰】仏教は悟りを開いた人の教えで神はいないのか、人として入滅した仏陀は半神半人だったのか。

コメント 6 編集・公開: オカルト速報

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309: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:07:06.42 ID:UBLAF/650
>>1
そうだよ?
仏教は哲学、釈迦本来の教えはなw

後世で何故か死後の世界とか、釈迦の教えと無関係な事が加味されてるが

他宗教は「ネ申」というアンタッチャブルな存在があり、その存在に帰依しなさいという教義
そもそも、釈迦は悟りを開いたが、何処までも人間であって、ネ申では無いから

その違いはあまりにも大きい

引用元: ・ダライ・ラマ「仏教だけが科学的で論理的な唯一の宗教」これマジ?

318: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:36:06.36 ID:UBLAF/650
此処からは、あくまでオレの推測だが…


「解脱」「悟り」西洋思想でいう「超人」に到達する人は、既に定められている、運命の選ばれし人間だけだ
だから、修行、苦行、瞑想、チャクラ開放、気功などを極めても、ブッタの領域には決して辿り着けない
つまり、天啓に近い才で、それは後天的ではない

それを覚醒した釈迦は、完全に把握していた

だから、その方法については沈黙を貫くしかなかった


無論、修行や苦行、瞑想その他で得られる物は沢山あるかもしれない、当人の勘違いを含め
しかしながら、決してブッタの領域に辿り着く事はない

数十億いる人間が数千年、或いは数億年数十億年掛けて、誕生する様な天文学的数値で選ばれし人間だけが辿り着ける


残念ながら、これがオレの導き出した解答だ

323: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:43:05.42 ID:V6w4DvSs0
>>309
違います
仏陀は人間として死んで輪廻から脱し、不死として涅槃に生きていることになってる
現法涅槃といって生前にその涅槃を見ている
つまり(人間としての)生前の仏陀はまあ言ったら半神半人のイエスと同じようなもんだが
インド哲学の言葉に沿って語られたからユダヤ、キリスト教とは風景が違って見えるだけで
キリスト教、一神教と仏教は本質的に何にも変わらんよ

332: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:48:07.79 ID:zpCIfhdq0
>>323
それは釈迦が死んだあとの後付設定でしょw

336: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:49:23.97 ID:V6w4DvSs0
>>332
仏典は全てゴータマ仏陀の入滅後に書かれたものだよ

338: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:51:24.75 ID:UBLAF/650
>>323
それは間違っています

そもそも死後の世界について釈迦は何も言及していない

後世の仏教家が色んな宗派を作り、今に至っている
戒名にしろ、今の仏教とかは釈迦本来のの教えとは、全くの別物になってる

其処には様々な宗教の融合や、利権、支配層の介入やら、様々な要素が入り組んで、現代仏教が成り立っている
それは何も仏教だけではなく、ほぼ全ての宗教がそうだぜ?

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339: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:53:58.93 ID:/DQ7hLnR0
>>338
仏教はと言うかどの宗教ももれなく〇〇派だの何だのと分裂してるんだから何が元々の教えかすら分からなくなるわな

例えば長い時間をかけて編纂されたガバガバファンタジーのユダヤから二次創作のキリストが出来てんだから真理なんかあるわけがない

343: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 00:56:08.87 ID:mTquxnfG0
>>332

釈迦が言う解脱というのは
そもそもあの時代のインドって今より遥かにカーストが厳しくてさ

そのカーストというのは
マヌ法典とかウパニシャット哲学を根拠とした
梵我一如の概念でさ

この梵我一如というのは直訳すると
自我と宇宙は同一であり、自我は宇宙と共に永続し、肉体が死んでも自我は繰り返し転生して
その自我にアラヤシキとマナヤシキというデータベースがくっついていて
そのデータベースにカルマが蓄積され、その蓄積具合で次のカーストが決まるんだよ

というバラモン教の概念なんだけど

釈迦は「もうそういうのやめろや」つって、本来バラモンじゃないと修行者にはなれないのに
誰でもバラモンとして受け入れちゃったわけだから

どうもね、当時のインドの生活を調べると、あまりにもこのカーストとかカルマを気にし過ぎて
みんな狂信者みたいになっててさ、苦しむとこのカルマというのは軽減されるんだけど
この概念のせいでインドの低いカーストの連中はみんな物凄い苦しい生活してたようなんだよね

釈迦にとってはもう輪廻転生なんかどうでも良いと
修行してちゃんと学べば、そのカーストばっか気にする生活から脱却(解脱)出来るんだよ
という、便宜上の問題で解脱という単語を使ってただけだと思うよ

だけど、当時のインドはみんな本気で信じてたから
誰でもバラモンとして受け入れた釈迦って、社会的に見ればとんでもない反社会活動家なんだよな
だから釈迦の直弟子の高弟ってほとんど殺されてるよ

352: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 01:06:28.16 ID:V6w4DvSs0
>>343
そうそう、そういう事が言いたい
もう輪廻転生という洗脳から抜け出ようじゃないか、ってことでもあるんだよ
でもそれは容易なことではない
文化、風習が全てそれをベースにしてるわけだけだから

それにゴータマ仏陀もそんなことストレートに言ったら殺されるから
あくまで「輪廻転生という死生観をまず信じなさい」といった
その後に、瞑想授業を通してこれこれこういうプロセスを経て、ほら、輪廻から抜けることが出来るよ
ということを教えたわけだね

最後、毒キノコを食べて死んだわけだけど、故意に盛られた説もある

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357: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 01:14:26.23 ID:mTquxnfG0
>>352

本来の仏教だと、「死のうが生きようがどうでも良い」くらいのレベルで
「人間なんか死んだらただの物体」くらいの考え方してたので

当時の坊さんの袈裟は糞掃衣つって、その辺の死体包んでる布とか勝手に盗んで着て使ってたんだよね
釈迦自身も自分が死んだ時に葬式なんかやってんじゃねーぞと弟子に言いつけて釈迦自身の葬式もやらせなかったようだし

チベット仏教でもそんな感じで鳥葬にするんだよね
これ別に、鳥に食べてもらったら天国へ行けるからとかそういう話じゃなくて

ただ単に「もったいないから」つって、死体をザックザクに切り刻んで鳥に食わせるんだよな

361: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 01:26:17.32 ID:V6w4DvSs0
>>357
東南アジアの比丘(僧)たちは黄色や臙脂色の衣を着てるが
あれは元々ガンジス川のほとりとかに捨ててある死体を巻いた布についていた
血や糞尿の色なんだよねw

430: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 11:09:34.83 ID:cw3uXrFU0
>>357
お釈迦さまは
弟子には葬式なんかに関わらず修行しとけと言ってるが
自分の遺体処理法に関しては綺麗な布でくるめやらこと細かく
大涅槃教で言ってる

360: 名無しのオカルト 2021/03/21(日) 01:24:02.46 ID:V6w4DvSs0
死後の世界がどんな風であるか
或いは、自分はどんなカルマによって何に生まれ変わるのか
それは所詮頭に思い描いたことに過ぎないわけで…
それは考えても仕方がないんだよ

頭に思い描いた世界やその投影を我々は「現実」と思いこんでしまう習性があるんだが
そこに「苦」があるし、逆にそこに「楽」を生じせしめんと欲する習性が我々凡夫にはある

ゴータマ仏陀は楽を捨てれば苦は無くなると説いたが、それは極めて実践的な話で
理論として頭で理解しても何の役にも立たないし、やらなきゃわからん
禅定に入らないとわからないことだが、、、それをまず捨ててみることなんだ

仏教がわかるかわからないか、もっと広く宗教というものが何なのかがわかるには
その、心の深~いところにある苦楽を手放すということが一つの関門になる

苦楽があり、好き嫌いがあるところにしか理論は成り立たない
言葉というものは本質的に分別、差別、区別を生じる
すなわち苦楽、好き嫌いを伴う

なので、それ以前の場所に立たなければ宗教の言葉は言葉遊びでしかないわけ

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