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民俗学的

【オカルトと歴史】まつろわぬ民とかいう日本史のアウトサイダー

コメント 3 編集・公開: オカルト速報
【オカルトと歴史】まつろわぬ民とかいう日本史のアウトサイダー

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1:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:28:56 ID: ID:rnV

くっそわくわくするよね




 

7:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:37:58 ID: ID:sPC

なんだ、
日本書紀とかに出てくる土蜘蛛とかそういうのの話をするスレなのかと思ってた。




9:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:41:03 ID: ID:rnV

>>7
まさにそういう話がしたいのだよ

背が低くて手足が長い、山の中で暮らす産鉄民→土蜘蛛
なんて上手いこと特徴捉えてるよなぁって感心しちゃうね




2:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:30:47 ID: ID:J7C

>>1
まつろわぬ民発見




3:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:32:02 ID: ID:rnV

>>2
まつろわぬ民の血は引いてねえだろうなw




4:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:32:54 ID: ID:sPC

明治ぐらいまではサンカが居るんだよなあ。




8:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:39:09 ID: ID:rnV

>>4
サンカがそのまままつろわぬ民の子孫なのかは分からないけど、無関係だとは思えないよね

作家さんの作り上げた虚構だ!って鼻息荒く否定する人もいるからあまりノリノリに語れないけどね




6:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:36:34 ID: ID:o9H

普通の民の話の方が面白いじゃん




10:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:41:51 ID: ID:2pN

柳田国男て単に担がれてたんじゃない?
都会のインテリさんを翻弄する地方民




11:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:44:03 ID: ID:rnV

>>10
柳田国男さんて生まれは丹波のど田舎でなかったか

なんにせよ聞き取る中には適当にフカしこかれてた事もあったんだろうねぇ




12:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:46:47 ID: ID:2pN

>>11
朝日の記者なんていちころですがな(´・ω・`)
つか民俗学の難しさってその辺にあると思う。

ちょっと違うけどイースター島の古代文字も
結局はヨーロッパ人が来て以降の存在だとかあるしね




13:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:51:22 ID: ID:rnV

>>12
結局のところ、サンカもまつろわぬ民も、ハッキリとした事が言いにくいからね
民俗学ってあくまで在野の人間が楽しむもので、アカデミックな権威あるものにしちゃダメだと思ってるよ




14:名無しのオカルト 2015/08/15(土)22:53:27 ID: ID:rnV

菅原道真が出雲系でまつろわぬ民の血を引いてるなんて、なかなかにロマンが溢れているじゃないか




16:名無しのオカルト 2015/08/15(土)23:34:14 ID: ID:YmE

爺さんが木こりで明治維新の頃に戸籍作ったとか言ってたな




1:名無しのオカルト ID:

蝦夷とはいったいなんでしょうね。
大和朝廷に従わなかった、
まつろわぬ民と言われる人たち。

戦前の歴史観などでは彼らはあくまで、同じ大和民族だというような説明がされてますが、
そもそも「大和民族」というもの自体が否定されかかっています。

最近ではアイヌ=蝦夷説も復活しつつありますね。
東北関東はおろかにし日本にもアイヌ語の痕跡がありますし。
高知の四万十川とかもそうですね。




 
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4:名無しのオカルト ID:

えっと専門ではないのでウロ憶え。
日本に最初に「文明もどき」を作った縄文人の一部が、自らを「カイ」と自称していた。
そのカイに弥生人、のちの倭人が文字を当てて「蝦夷」となった。
一方縄文人の一部は自らを「勇者」エンチュウ、エムチュウとか呼んでいて、
それを倭人が「エミシ」と聞き、「蝦夷」をエミシと読んだのではないじゃろか。

縄文人は侵略と、自主的変化によって「倭人化」し、現在の東日本人となった。
一方自らの文化を守るために北方へ転戦したのが、現在のアイヌ人。
アイヌ人と東日本人の分化は、13、4世紀頃からと思う。




5:名無しのオカルト ID:

農業(米作)を生活の拠り所とするのが倭人。
狩猟、採集(縄文文化)を生活の拠り所とするのが蝦夷。
大雑把だけどね。

山人も蝦夷に入るのでは?




6:名無しのオカルト ID:

>>5
うーん。日本海沿岸から広がった川筋系山民もいますよね。
例えば、沿岸の潟から諏訪湖の方に入植してった人々などの系統。
諏訪湖は山人センターのひとつと思われますよね。
ずっと後まで歩き巫女の拠点だったたし。
木曽のソマ師なんかともつながるはずだし。

サンカとかマタギに限るならエミシ系って気もしますけど。
どうなんでしょうねぇ。




11:名無しのオカルト ID:

時期によると思います。
倭人は中国社会から観られた他称からスタートしたわけで。
倭国の頃には当事者が採用したと考えるのが自然と思いますが。

倭の領域とヤマト朝廷の領域は重なり合うかもしれないけど
一致するとも思えないわけで。

例えば、>>6 に挙げた、日本海沿岸文化の主体は四隅突出噴で
特徴づけられるのですが。
私見では、これを出雲系と一括してしまうことには慎重になった
方がよいと思っています。

出雲王国の成立以前から日本海沿岸沿いの移住した可能性はあるので
出雲系って一括で歴史のイメージが狂わせられる可能性もある。

で、この四隅突出噴で特徴づけられる人々。
魏書倭人ノ条にあるような文身をしたりする倭人だったか、というと、
これまた疑問が持たれると思います。




7:名無しのオカルト ID:

別んとこにも書いたけど、最近は
「サンカ幕末発生説」に傾きつつある。三角説には、サンカの古代起源説が出てくるけど
「河原巻物」みたいなもんじゃないかな。
幕藩体制や近代化からはじき出された人々が、山中で共同生活を送る上で独特の社会を形成した。
そう古いことじゃないと思う。
マタギ言葉がアイヌ語なのは理解出来るけど、サンカ文字は信じがたい。




8:名無しのオカルト ID:

>>7
幕末発生説だと、伝えられる言語の不通は
どのように説明されているのでしょうか?

三角説を無視した型の柳田なんかが示唆してますよね、
言語が通じないって。

それとも三角のサンカと柳田の山人は別概念とみなされるのでしょうか?




10:名無しのオカルト ID:

>6
かなり大雑把な分類だけど、倭人以外=蝦夷という図式は成り立つのかな?って思ったんだけど。




12:名無しのオカルト ID:

蝦夷ってのは、縄文人が日本人とアイヌ人に枝分かれする過程で中間に取り残された縄文人の末裔。
だからアイヌ説と日本辺民説との対立は解消されつつあるのであって、
1のいうような「戦前は大和民族説だったが、現在はアイヌ説が復活しつつある」なんていうのはデタラメ。




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60:名無しのオカルト ID:

>>1と>>12を読みかえしてみた。時々誤解されるが「縄文人」
は民族名称ではない。「縄文語」は言語学用語ではない。
「エミシ」がアイヌ人か日本人(大和民族)かという問い
かけが「何語を話したか?」という問題なら、まだ片付い
ていない。「日本語とアイヌ語の中間言語」などというもの
はまともな仮説としてすら提出されていないのだし。




40:名無しのオカルト ID:

そうだよ!征夷大将軍は歴史ある称号(役職)だよ。
まず紀古佐美という将軍は蝦夷との戦いで十分の一の蝦夷軍に大敗し
あわてた朝廷は公家ではなく帰化人の坂上田村麻呂(父が朝鮮人)を
将軍につけたんだ。田村麻呂は蝦夷の首領アテルイを降伏させた。
しかし、朝廷は田村麻呂の願いを無視してアテルイの首をはねた。
征夷大将軍は、こんな歴史の運命からか、朝廷にまつろわぬ者達
武士階級の統領の称号になっていくんだ。




41:名無しのオカルト ID:

>>40
>征夷大将軍は、こんな歴史の運命からか、朝廷にまつろわぬ者達
>武士階級の統領の称号になっていくんだ。

ちょっと無理あるよん。
素直に読めば「夷ヲ征スル大将軍=征夷大将軍」なんだし。




42:名無しのオカルト ID:

すまん!
>運命からか、朝廷にまつろわぬ者達
を
>運命からか、?朝廷にまつろわぬ者達
にしてくれ

しかし、武家政権樹立以降、奥州征伐を実行したのは初代・頼朝
だけだからなあ・・将軍は戦国以降の〇〇守と五十歩百歩だろう
足利期の北畠は奥州勢というより南朝だしなあ・・





129:名無しのオカルト ID:

私が以前読んだ本では蝦夷の「蝦」は上代の大和言葉ではヘビ、エビ両方に対して使われており、
ヘビを祀り大和にまつろわぬ人々=「蝦夷」と名付けられたということでした。
神社のご神体にヘビを祀っているところがありながらも、
出雲風土記でも記紀でもヘビは神ではなく敵として記載されている。
ここから出せる推論としては結構妥当なものではないでしょうか。<蝦夷=ヘビ信仰説




180:名無しのオカルト ID:

蝦夷とは東日本・北日本のまつろわぬ人々のこと。




386:名無しのオカルト 2005/10/16(日) 17:29:09 ID:

蝦夷を語る資料の多くに「多毛」とかアイヌを思わす記述が見える。
アイヌは東アジアでは唯一の多毛種族だから、その特徴を指したものについては、
間違いなくアイヌだったろう。
東北には信憑性の高いアイヌ語とされる地名が数多くあることから、
かつて東北に多くのアイヌが定住していたこと、これも間違いない。

が、大和政権から「エミシ」と呼ばれたまつろわぬ人々がアイヌだったかと
言われると、それは違うだろうなと思う。
アイヌ語地名が東北に散見されるが、それは主として内陸の山間部沢伝いに多く見られる。
このことから、大雑把だが彼らは山間の狩猟生活民だったと考える。

三十八年戦争時にはすでに存在した、まとまった兵力を用意できる権力層は、
その背景にはそれなりに安定した生産力を持っていたはず。
早くから東北に進出した弥生族の子孫ではないかと自分は想像してる。

東北の権力層=東日本に進出した弥生族の子孫
東北地方に住まう狩猟採集民族=アイヌ
これらが一緒に「いまだ王化に浴さぬものども」という意味で「蝦夷」という言葉が使われたのではないか。
いずれにせよ資料がないから、これは永遠の謎なのだろうが。




引用元:蝦夷とはなに?
引用元:まつろわぬ民とかいう日本史のアウトサイダー
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