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怖い話

【オカルト】縁起がよいものとして松竹梅などといわれますが、私が体験したのは 逆松竹梅。

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701: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/04/21 04:28
よく、縁起がよいものとして松竹梅などといわれますが、私が体験したのは
逆松竹梅。
当時、父は仕事のため郷里を離れ、東京で私と一緒に(家賃を浮かすために
同居)アパート住まいをしており、週に一回郷里(実家がある)に帰るルー
ティーンで生活しておりました。私は、父のように毎週実家に帰ることもな
く東京に居続けていたので、この話は後に母から聞いたものです。
その年は、新年早々、実家の庭に植えてあった松の葉が枯れ、竹も枯れ、母
は「何だか縁起が悪いね」と思っていたそうです。実家の庭に梅の木は植え
てなかったのですが、ある日母が梅干しをつけ込んだカメを開けてみると、
びっしりと白いカビで覆われていたのだそうです。母は、毎年梅をつけ込み
ますが、こんなことはかつてなかったという話でした。
冗談のようですが、これで松竹梅の三つがあぼーんされてしまったわけです。

ほんと、冗談だったらよかったのですが、その年の夏に父が発病。胃潰瘍ら
しいということで入院、手術、結果は手遅れの胃ガン。開腹してそのまま縫
合してしまったということです<手の付けようがなかったとか・・・。
もって、来年の3月までという宣告を下され、父には病状を隠したまま転院
という形で郷里の病院へ移しました。そして、父はその年を越すことなく他
界。

お葬式の後、その家の主の運命を暗示していたのだと、母は逆松竹梅の話を
語ってくれました。

引用元: ・身内に起こった怖い話 3話目

703: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/04/21 23:09
梅干にカビが生えると 不幸が起きると、家の母親も言ってました。
だから家では漬ける前、念入りに水分を取っています。 

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812: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/04/27 02:11
先日、逆松竹梅のことを書かせていただきましたが、今回はそのときに起こった
ちょっと奇妙な話です。
初めにお断りしておきますが、以前のスレッドで同様の話があり、重複しており
ましたらご容赦願います。前スレは拝見できたのですが、前々スレはHtml化待
ちとのことで、これを書く時点では、まだ拝見することができなかったのです。
これは、皆さんの中にも体験なさっている方が随分とおられるのではないかと思
います。と、申しますのも、実は私の連れ合いにも似たような体験があり、また、
友人にも同様の体験がありますので、そのように考えた次第です。
もし、今回の話がきっかけにでもなり思い出された方がおられましたら、ぜひ、
その話もここへ書き込んでいただけますよう、お願い申し上げます。

先の話の中で父親が末期の胃ガンと診断され、郷里の病院でその年を越すことな
く他界したと書きましたが、その臨終の席での話です。
父は痛み止めのモルヒネを打たれていたようですが、意識はまだはっきりとして
おり、心配そうに見守る私たちに対して「なにを大げさな」という感じで応じて
おりましたが、ふと、病室の片隅に目をやると「あそこにいる人は誰だい?見た
ことがないのだが・・・」と私に尋ねました。

813: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/04/27 02:12
つづき

父の指さすのは病室の入口とは反対側、窓に面した側の片隅でした。窓から少し
離れていたので多少影になっていますが、充分に識別できるだけの明るさはあり
ました。しかし、父の指すその片隅には誰の姿も見えません。
病室に入る前に先生から宣告され、覚悟を決めてはいたのですが、その父の言葉
で「ああ、いよいよか・・・」と改めて父の最後を確信しました。
以前読んだ心霊関係の本や、あるいは人づてに、臨終の席にはいわゆる「お迎え」
が来ると聞いていたからです。
「ああ、あの人なら心配いらないよ」
私は父にそう告げると、部屋の片隅に向かって頭を下げました。
見えていたからではありません。気配を感じたわけでもありませんが、父がこれ
から旅立つ、その導きをしてくださる存在なのだと信じて、「父をよろしくお願
いします」というつもりで頭を下げたのです。
父は私の答に納得したのかどうか、以後、その片隅の人の話題は出ませんでした。
やがて、父は大きないびきをかきはじめ、のどに痰が絡んだかのように息を詰ま
らせると、そのまま動かなくなりました。

片隅の人が、死に神と呼ばれる存在なのか、それともお迎えと呼ばれる存在なの
か、それともその二つは同じ存在を指す言葉なのか、私には今でもわかりません。
ただ、私が臨終を迎えるとき、たぶんその片隅の人は姿を現すのではないかと、
そうして、私はそのとき「よろしくお願いします」と頭を下げるのではないかと
想像してみたりしています。

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