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民俗学的

【風習・信仰】信仰というのは形式とか作法よりもその人の「心」が大事というお話

コメント 2 編集・公開: オカルト速報

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13名無しのオカルト 2012/03/04(日) 12:29:25.62 ID: ID:/UFTwXiYO

仏教種だけど、法華経にこんな寓話があったのを思い出した

…毎日毎日熱心にお経を唱えるおばあさんがいた
だが、そのおばあさんが決まってとある箇所を読み間違えてしまうので
ある日、我慢できなくなったお坊さんが「違う違う、そこはそう読むんじゃない!こうだ!」と厳しく指導して直させた
するとおばあさん、その日以来お経が全く唱えられなくなってしまったという

おばあさんにとっては、たとえ読み間違えてたとしてもお経を唱えてる方が良かった訳であって
信仰というのは、形式とか作法よりも
その人の心のが大事という事なんだよな




 

16名無しのオカルト 2012/03/04(日) 15:27:16.41 ID: ID:5xTQqIbg0

仏教の筏のたとえを思い出す。

釈尊は、彼岸へ渡る為作った筏が便利であったとしても、渡った
後までそれを持ち続ける必要は無いと仰った。

筏はそこへ至るまでの手段でしかない。
渡ってしまえばもう不要な物なのだ。




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17名無しのオカルト 2012/03/04(日) 20:13:56.92 ID: ID:IYo50pNy0

とある本に載ってた話だが
ある村に熱心な仏教徒の老婆がいた
その老婆は村人の病気を治したり災害を予知するなどの力を持っていた
老婆はその力を使う時に必ず「生麦大豆二升五合(ナマムギダイズニショウゴンゴウ)」
と唱えて祈願していた
ある時にたまたま村に来た旅人がその話を聞いて
笑ってこう言った「違う違う、それは本当は南無大師遍照金剛(ナムタイシヘンジョウコンゴウ)
っていうんだよ」
それを聞いた老婆はそれ以来病気を治したり災害を予知するなどの力を失ってしまった




33名無しのオカルト 2012/03/04(日) 21:00:51.70 ID: ID:loUBUE5g0

>>17
ぬーべーにも生麦の呪文出てきたね
昔読んだ覚えがある。
確か迷信深い駄菓子屋のおばあちゃんが出てくる話だったと思う。




引用元:【神社】寺社にまつわるオカルト話18【寺】
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